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戯言

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掌をそっと愛しい娘の頬にやる。
女の子らしく柔らかな肌が心地いい。
常に背筋をぴんと伸し、しゃんとしているこの人もやはりか弱い体をしていて。

「お嬢…様」


すやすやと、静蘭がそばにいるので安心しきって眠る秀麗。


この人をお守りするのは私だと、いつの間にかそう思い込んでいた。
保護者のような気持ちで、ずっと死ぬまで一緒にいるのだろうとも。

けれどそれは違った。

貴女は想像以上の速さで成長していく。
私の手を離れて、恋もする。
私が貴女に抱いた感情も姿を変えていく。
優しいものから、狂おしいものに。

「お嬢様、私は」



うっすらと紅のひかれた唇に人さし指で触れ
その柔らかさに胸が高鳴った。

この柔らかな唇に触れることを許される日がくることはないだろう。
私のような汚れた男では、きっと幸せにしてやれない。

ああ、それなのに。


どうか、ずっと私のそばにいてください。
触れることはできなくとも、貴女の側にいたいから。
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ひらひらと、花びらがひとつ舞い落ちる。
黄昏の空の色合いによく映えていた。
そっと足を踏み出すと、聞きなれた二胡の音がした。

一瞬にして空は遠くなり、地は底へと永遠に下がっていく。
重力の無くなったその暗闇の中で、音だけが私に語りかけた。



「甘露茶を淹れてくれたんだね」

「ええ。貴方のしつこさに負けたのよ」

「嬉しいな」

「だけどそれ一杯だけよ、それ以上は体に悪いわ」


卓子の上には、白く柔らかな湯気と甘露茶。
そっと手に取ると、その熱が指先から肩へ、肩から鎖骨に
骨まで温かく溶けてしまうような不思議な感覚。

―これが欲しかった。
いや、欲しい。


「愛しているよ」


ただ一人、唯一君だけを想っている。
飽きずにいたことを嬉しく想ったのは、本当に愛していたから。


そっと、愛しい小さな背中に触れようとしたところで辺りが霞み
重い瞼がゆっくりと、しくしくとした痛みと共にひらいた。



「―…夢、か」



夢にまで見るほどに、君の甘露茶がほしかったと
月のない空を見上げながらそっと、再び瞼を閉じた。
心地の良い温かさと、その人だけの香り。
雨の止んだ空は、からりと晴れて窓から光が零れていた。

ふと、自分の胸に抱かれたままの少女を見る。
緩やかな曲線を描く瞼に、長いとは言えないが綺麗な漆黒の睫毛。
自分にとっては何よりも大切な愛しい人。


(温かいな…)

昨夜は雷鳴がひどかった。
だからこそ、このような朝をむかえている訳だ。
静蘭は少しだけ口元を緩めると、眠り人を起こさぬようにそっと
その小さな桜色の唇に、自身のそれを重ねた。
やわらかく、優しく。

(お譲さまはぐっすり眠っておられるようだし、どうしたものか…
このまま寝台で抱きしめているのには少々問題があるかもしれない)


今日は久しぶりの公休なのだし、無理に起こす必要は無いのだけれど
この状態では自分の体が愛しい娘にとってよろしくない状態になりそうだ。
それでも、自分の理性にはとても自信があるために起こる葛藤―…
静蘭は深くため息をつくと、柔らかな頬に触れる。


(-…愛しい)


少し桃色がかった頬も、華奢な二の腕も
意志の強さの表れた眉も、全て。


「あら、…おはよぉ、静蘭」

「おはようございます、お嬢様」

「・・・」


未だ眠そうに、瞼を指で擦りながら秀麗は現状に気付き始める。
目の前という表現では遠いほどの近さに、見慣れた端正な男の顔。
それは幸せそうに、いつも通り柔らかな笑顔を向けてくれている。
が、しかし。
寝台の上、静蘭の腕の中-…
一気に眠気が覚めるのも当然の要素に、さすがに一瞬言葉を失い、


「せ、せせせせ静蘭!!ご、ごめんなさい私っ」


飛び起きるように慌てて寝台から出ようとして、そのまま床へと落ちる秀麗。
鈍い痛みに手を添えながらも、顔はみるみるうちに赤く染まっていく。


「お譲さま!大丈夫ですか」

「え、ええ!大丈夫よ!」

差し出された大きな手をとらず、秀麗は羞恥を紛らわそうと空笑いをしたが
それでも静蘭は大切な少女に傷がないか、気が気でならなかった。
衣擦れの音とともに秀麗に近づこうとしたが、当の本人は体をびくりと震わせる。
それは家人のことを男性として見ているからこそ、なのだが
静蘭としては、いつも自分にだけは警戒心を抱かれないだけあって嬉しい反応ではなかった。


「わ、私ったら昨日いつのまにこんな」

「昨夜は雷がひどかったですから」

「そ、そうだったわね!あ、じゃあそろそろ朝食の用意を」

「は、はぁ…」


ごつ、と鈍い音がする。
慌てて部屋を後にしようとしたために、秀麗は誤って壁にぶつかっていた。





晴れた朝のささやかなひとときのお話。
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